東国三社の一つ、香取市香取神宮には「鹿苑(しかえん)」があり、神の使いとされるシカ16頭がいる。市民団体「香取の鹿愛護会」のボランティアらが飼育し、境内の憩いの場になってきた。この6月末で廃止される予定だったが、直前に迫った先月、存続することが決まった。

 「可愛いね」。4月下旬、本殿の裏手奥にある鹿苑。参拝客が三々五々、訪れる。脇では愛護会の女性4人が、シカたちの世話をしていた。一口大に切ったニンジンをえさ場に入れると、シカたちが一斉に駆け寄ってきた。代表の鍵元礼子さん(44)=川崎市麻生区=は「目が優しく、人なつっこい。みなさん『癒やされる』と言います」。

 鹿苑は広さ約350平方メートル。放し飼いにすると近隣の畑を荒らしてしまうため、金網で囲う。愛護会には県内外の約250人が登録し、活動費を寄せるほか、うち約30人が交代で日常の世話をしている。1頭あたり1日約10キロのえさが必要といい、近隣の豆腐店からおからを、農家からは形がいびつか一部が傷んだ野菜をもらっている。

 香取神宮によると、昭和30年代終わりごろ、同じく東国三社の一つ鹿島神宮茨城県鹿嶋市)にならって飼い始めたとされる。しかし近年は人手不足で世話が行き届かなくなり、ネット上や電話で非難されたこともあったという。

 鍵元さんらが面倒見を買って出たのは約3年前。奈良公園奈良市)の「奈良の鹿愛護会」をめざし、自ら会を立ち上げた。初めて訪れた時は栄養不足のためか、「毛並みがボロ雑巾のようだった」という。毎日のえさやりや獣医師の協力もあり、元気を取り戻した。昨年には赤ちゃん4頭が生まれ、16頭になった。

 昨年6月、神宮の当時の担当者が、出産直後と間近の母鹿2頭を個人に譲った。2013年9月施行の改正動物愛護法で、動物を終生大切にするよう飼い主の責任が明文化されたことが理由だといい、現在窓口となっている香田隆造禰宜(ねぎ)は「可愛いだけでは飼えない。シカのことを思えば、頭数を減らす必要があった」と振り返る。

 愛護会の申し入れで2頭は戻されたが、これを機に昨年7月、愛護会が「責任を持つ」と全頭を譲り受けた。今年6月末までに新しい飼い場所を探すことが条件だった。

 しかし地元から廃止に反対する声が上がり、神宮側も今年に入って鹿苑継続を検討し始めた。5月初め、「互いの信頼関係が築かれた」と、無償で鹿苑を提供する内容の覚書を交わした。鍵元さんは「地元から『ヨソの人間がシカを連れて行った』と思われたくなかった。できるならば、神宮で飼い続けるのが一番と考えていた」。香田禰宜は「神様とご縁のあるシカが残ることになり、喜ばしい。できる限り協力したい」という。

 課題はえさの調達に加え、世話当番の人繰り。メンバーは6割が県外在住で、数時間かけて通ってくる人も多い。鍵元さんは「地元でもシカの存在が意外と知られていない。もっと多くの方に参加してもらい、活動を盛り上げていきたい」と話している。